うちの子に限って

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あなたは子供が欲しいですか?

もし、生まれてくる子供が “障害者” だとわかっていたら
それでもあなたは生みたいですか?

正直今、僕はこの問いに答えられない。

情けない話だが、僕は、今の自分や自分の生活が
まだまだ一番かわいいと思ってしまう人間だから。

そう、いつだって人は “うちの子に限って” と思っているのではないでしょうか。

僕はいま、マーケティングの部署で仕事をしている関係上
日々、数社の新聞に目を通すことは欠かせない。

誤字脱字と日本語がところどころおかしい僕にとっては
新聞はなによりの教材だ (^^)v

まだまだ皆のレベルには及ばないが
社外向けの情報や 広報の記事も会社で更新している分
入社当時よりは 多少なりともまともな文章は
かけるようになったのではないか ・・・ と

希望的推測ではあるが 実感している。

だから、いまの会社での新聞係は 他の仕事がどんなに忙しくても
この仕事を続けている限り 新聞係は続けたい仕事の一つ。

今日はそんな中、とても気になる記事を発見した。

極道だった女性が弁護士になったといえば
きっと聞き覚えのある人も多いと思うが

そう、“だから、あなたも生きぬいて”の著者であり
弁護士の 大平光代さんの記事が掲載されていた。
(日経新聞、10月30日、夕刊)

本で見たときよりも、ショートヘアーで
胸にあかちゃんを抱えていて、なんだかとってもいきいきしている。

僕がアメリカ留学時代、数ヶ月に一回のおかんからの電話では

1.彼氏とのあーだこーだ話(約30分)
2.最近読んだ本の感想(というより啓蒙?洗脳活動?w (約15分)
3.最近テレビで見た感動秘話 (約15分)
4.その他のネタ

こんな感じで、僕のことなんぞ、
当時から何も話題にのぼってはいないが (ご推測の通りw)
上の②で紹介されて、とても印象に残っている本が
大平さんの、“だから、あなたも生きぬいて”だったのだ。

あとは乙武洋匡さんの本も印象深かったかな~

おかんから紹介される本は、いわゆる精神世界のものや、
自己啓発?関係の本が多いなか、
大平さんと乙武さんの話は、珍しくリアルに存在した人の実話。
とても興味深く 国際電話越しのおかんの話を聞いていた自分を思い出す。

その大平さんの新聞記事に
何の気なしに目を通すと、そこには予期せぬ内容の記事が書かれていた。

“僕らの子ども、ダウン症やねん”

これが、現在1歳になる彼女の長女が生まれた翌朝、
病室で彼女の旦那さんが言った一言だった。

大平さんの本を読んだ方や、彼女のことをご存知の方なら
彼女が当然その子をありのまま受け入れようとしたであろうことは
容易に推測できることだろう。

彼女ほど弱者や差別されたりする人を守ってきた人はいないし
弁護士てとしても、自らの経験を最大限に活かし
ありとあらゆる人たちを守ってきた。

でも ・・・・・だ。

そんな大平さんでさえ、知識ではわかっていても
頭ではわかっていても、
どんなに 己の“ありたい姿、もつべき姿勢”をわかっていたとしても、
ダウン症の子を産んだことに対し、口をついて出た言葉は

”ごめんなさい・・・” だったという。

“弁護士になり、犯罪や非行に走る、少年少女のSOSを
数え切れないほど聞いてきた。私自身、子供のころにいじめ、
自殺未遂、非行とどん底の状態を経験し、気持ちが良くわかった。
彼らは他人との比較の中で、親や周囲に自分を否定されたと感じ、
苦しんでいた。子供に対しては、まずありのままを受け入れてあげようと思っていた。”

こう新聞の中で語った彼女でさえ、頭ではわかっていても
思わず健康で生んであげられなくて、ごめんなさいという言葉がでる。

わからなくもない。親なら誰でも
不自由なく生んであげられなくてごめん・・・

そう思うに違いない。

しかし、

“そんなことを思ったらあかん。障害を持つ子の親が苦しむ。
ダウン症はどの家庭におきてもおかしくない”

という旦那さんの発言。

僕は旦那さんの発言を聞き、あらためて気づかされた。

そう、うちの子に限って は嘘で

うちの子にだって、誰の子にだって、
自分にだって、親にだって、恋人にだって
いつ誰にだって、なんだっておこりえる。
それが、身体的障害でも、精神的障害でも、何でも・・・・

だけど、僕も含め人は、どうしたって “●●に限って・・・” という習性がある。

親が、子のありのままの姿に対して、申し訳ない と思うことが
“比較”を生み、〇〇は〇〇よりベター思想を生むことに気づくことは
なかなか容易ではないようだ。

しかし、それに気がついた夫婦は
ただただ娘を一生懸命育てようと決意する。

そして、いつしか、健常者との “比較” ではなく
純粋にその子のありのままを楽しみ
受け入れ 精一杯しようと思った瞬間

彼ら夫婦には新しい楽しみ
人とは違う喜びが生まれている


シアワセを感じることに
シアワセになるために

人と同じである必要など どこにもないことの証だ


言うのは簡単、本当は辛いはず、大変なはず・・・・
障害はないに越したことはない・・・

そう。僕もこころのどこかでそう思ってしまうし、
そして恐らくほとんどの人が、そう思っているかもしれない

だけど 障害 = かわいそう マイナス と決め付け
同情のまなざしや 必要以上の苦痛を味わうようにしてしまっているのは

もしかしたら、

" 健常者" だと自分のことを思い込んでる人間の大きな勘違いで
ぼくたちのつくりあげた勝手な価値観の部分は小さくないと思う。

障害 = 大多数と異なることによって生じる不便さ

でしかないとすれば

それはかわいそうなことでも 劣ることでもない。

もちろん 障害といっても
身体障害、知的障害、精神障害など様々で
ひとりでは生きていくことが困難なものもあり
それには社会の協力が不可欠である。

しかし 必ずしも

障害のある人= かわいそうな人 ではなく

周囲の理解不足、環境や機器の不備など、
社会が作り出す部分があるのは事実。 

もしたった一つ
この世に本当に “かわいそうな人” がいるとすれば

それは

ありのままの自分やわが子、そして誰かを受け入れられないが故に、
自分だけのものさしで、何かに対して、誰かに対して

“かわいそうな人” とか “自分より劣る人” としか思うことができない

その人自身ではないだろうか。

なにかと自分を比較して
誰かと何かを比較して
そこからしか何も見出すこともできない
自分も他人も認めてあげることができないことこそが

一番不幸なことではないか。

そんな気がした。

当然 世の中のスタンダードから外れれば
もしかして 

平均よりも倍の時間を要すこと
制限されて 手の届かないものなど 叶わないこと・・・

それはいっぱいあるだろう。

しかし、それによって

幸か不幸か
勝るか劣るを決める必要はまったくなく

幸せになるということは

どんなことでも

幸せに受け止め
幸せでありつづけることなのではないか。

今 大平さん夫婦は
ダウン症の子を一生懸命育てている。
健常な子供が成長すれば自然にできることも訓練しなければできない。

でも、だからこそ

“いま、できるようになった!” とわかる瞬間が来る。

毎日成長するので うれしいことがたくさんあるのだとか。

昔は、“目の回るような忙しさで、明日のことばかり考え、
いつも何かに追われていた。しかし、今は、

娘が笑った!バイバイができた!と

今日の喜びをかみしめることができるようになった。

そう大平さんは語っている。

ダウン症と性同一性障害を比較するつもりも
逆にあえて区別するつもりもないが

共通する真実は

“受け止め方” そして “在り方” ひとつで

障害 と呼ばれているものは 

大きな 可能性 になるのだと。

そんな気がしてならない。

大平さん!素敵過ぎます ^^
あなたのことを知れて良かったです!!ありがとう♪

(教えてくれたおかんにも感謝 w)

 

photos by keijiro

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