ホル注24本目 と 25本目
最近書いてませんでしたが
ついにホル開始して、5/12日で一周年でした。
投与日:2009年5月12日
投与回数: 24本目
投与薬: エナルモンデポー
投与量: 250ml
投与箇所: 左肩
投与開始から:丸一年!
投与日:2009年5月29日
投与回数: 25本目
投与薬: エナルモンデポー
投与量: 250ml
投与箇所: 右肩
投与開始から:1年と17日
振り返ればあっと言う間だったけど
色んな意味で
「変化」な1年でした。
そりゃそうですよね。
性別変えようってしてるんですから
転職や留学や結婚どころの騒ぎじゃあないはず(笑)
周囲はというと
「変わった!」 という人と
「前からこんなんだ」 という人に別れますが
一番多く言われることは
・性格がやわらかくなった(緊張してない感じ)
・若返った
・フツーに男の子になった
・明るくなった
・肌とか質感が違う
といった感じです。
若返ったことと、精神的な緊張がとれたのは
僕自身、とても実感しています。
ホルを開始したとき思い描いていた自分の「一年後の姿」 と
実際とのギャップは
あんまりありませんでした。
多分 最初から「ホル」に過度な期待をしていなかったから
失望もしなかったし
すべてが「相応」な気がします。
自己評価なので微妙ですが
パス度でいったら
普通にすれ違う・ちょっとだけ会話する
というレベルであれば
9割はオトコと思われているでしょうが
やっぱり
・頭が小さい
・背が小さい
・手指が綺麗すぎる
・ヒゲがまだ薄い
というのはちょっと難点
長期戦になると、まだまだ厳しいでしょう。
長い時間一緒にいたら、恐らくバレるか
まだまだ怪しまれるレベルだと思います。
とはいえ、確実に女子便に入れないことだけは
確かだと思います。
なにはともあれ
無事に1年過ごせたこと
そして、自分に満足して日々を過ごせていることを嬉しく思います。
改めて、色々なアドバイスを下さった皆さま
支えたくれた皆様に感謝です。
以前にも書いたかもしれませんが
僕の「以前の心の葛藤」というのは
「心と体の性別が異なることの違和感」が原因の苦しみというよりは
むしろ
「自分が男でないことを、まだ受け入れられていなかったがため」
の苦しみだったんだと、今改めて思います。
治療を開始する前は
「ホルモン注射や性別適合手術を受けても、どうせ本物の男にはなれない・・・」
という所で必要以上に悩んでいたように思う。
どこかで異様なまでに、「本物の男」というものに固執していた気がします。
だからこそ必死で、「やっぱり女だ」と思われないよう
「やっぱり女だ」と言われて自分が傷つかないよう
がんじがらめに緊張しながら生きていた気がします。
いつも張り詰めていたというか
テンションかかりすぎて、心の筋肉痛みたいな感じでした。
つまり
僕にとっての「治療」というのは
「男の着ぐるみに戻る」 とか 「心と体の性を一致させてうんぬん」
ということが主役なんじゃなくて
「自分の在りたい姿を追い求めたい」
「自分の在りたい姿を生きたい」
という
「対社会」や「対誰か」ではなく
「対自分」
の決断だったんだと自覚しています。
それはつまり
「自分がネイティブの男(純男)とは違うんだ」
ということを ようやく受け入れらたからこそ出せた答えだったのだと思う。
ネイティブの男とは違うことを認められたからこそ
素直に「できる限り近づく・追い求める」決断ができたのだ思う。
つまり
「ホルモン注射や性別適合手術を受けても、どうせ本物の男にはなれない・・・」
という考えから
「男に生まれなおすことはできないけど、できる限り自分の生きたいように生きることはできる」
という発想になれたのだ。
きっと、自分が「(生まれたときの性別が)男ではない」ことを
受け入れられないまま 治療に踏み切っていたら
反対に、どんなに治療しても「ネイティブ」になれないことで
さらに落ち込んで 自暴自棄になっていたかもしれないなーーーー
と思ったりもする。
これはあくまで僕の考えだから 一概にはいえないけれど。
最後に、これは 100の質問 のところでも書きましたが
ホル1周年を記念?して、あらためて僕の治療に関する考えをまとめてみたいと思います。
性同一性障害というのは、心の性と体の性が違う(違和感がある)という定義があり
一定の条件をクリアすれば、そういう診断名をもらうことはできます。
しかしながら、
現実問題として、ぼくらFtMは、生物学上の男で生まれてきたわけではないので
自分が思っている「僕は男である」という感覚が
生物学上の男性と、まったく同じであるというということは なかなか言えないと思います。
だって、体も違うし 性に関する経験だって違うわけだから
全く同じとは、やはり言えないと思います。
ある意味、「反対の性の気持ちや心」 なんて推測でしかないわけです。
もちろん、男同士だとしても みんな違うし
心にはっきりと「性別があるの?」っていうのはまた、別問題ですが。
厳しい現実かもしれませんが
いくらホルモン投与や性別適合手術をしても
生物学上の男には 残念ながら「なれません」。(あえて戻れませんとは言いません)
例え戸籍の「男」になれたとしても
「生まれながらの男」と全く同じにはなれません。(少なくとも今の医療では)
辛いですが、それが「現実」です。
だからこそ、女で生まれた「事実」を十分に受け入れた上で
前に進むしかありません。
ホルや性別適合手術に過度な期待は「禁物」です。
ホルや性別適合手術を行う(つまり体に手を入れる)ということは
男でも女でもない「性」を
生涯生きるということでもあるのです。
それは恐らく 「女」でいるときよりも
はるかに孤独で はるかに「マイノリティー」なことでもあります。
幸い今の法律では、一定の「条件」さえクリアすれば
望みの「戸籍上の性別」を手にすることはできるけど
それは「男の戸籍」を取得しただけであり
「ネイティブの男」になれたわけではありません。
だからこそ
これらの「現実」から目をそらすことなく
その上で「自分がどう生きたいか」を
自分とたっぷりと対話してから決めていくしかないと思います。
とまーー 珍しく?!まじめに書いてしまいましたが
ホル開始一周年の所感でした。
続。
P.s ブログの文字化けが酷くてすみません。はてなマークが多くて
原因わかったので、がんばってなおします。しばしご了承ください。














こんばんは。マイミクのwisteriaです。
>「男に生まれなおすことはできないけど、できる限り自分の生きたいように生きることはできる」
という発想になれたのだ。
この文章がとても印象的でした。
視野が広がったことを自分で認識する時って、自分を見直せる余裕がある時だったりするんですよね。
実は今年、私は大学の卒論のテーマに「性同一性障害者」に関することを取り上げる選択をしました。
私は体への違和感がきっかけということもあって志望したんですが、さすが難しいテーマですね。
今日までの歴史を知るたびにベッコベコにへこんでます(笑)
卒論自体は何の役に立つかわからないです(苦笑
でも、このテーマを通して、多くの人に知ってもらうきっかけになればと思っています。
けーじろーさんの記事は法律やホルモン治療など勉強になることばかりで視野が広がります。
そして、「性同一性障害」に対する姿勢は一人一人違うことも、このブログを通して気づきました。
うまく自分の思いを伝えられないのが歯痒いのですが、私、このブログに出会えて良かったです!
それでは長文失礼いたしました。
こんばんわ!僕のブログは超適当で、法律のこととか医療のこととか全然書いてないから役にたたないけど、
>>性同一性障害」に対する姿勢は一人一人違うことも、このブログを通して気づきました。
これが一番大事なことかもしれないので、それだけ伝わってくれているなら本当に嬉しいです。卒論がんばってください^^